きりん録

アイドルと映画と雑記

レーレちゃんと出逢ってから3年半と少しの日々の思い出

自分がレーレちゃんと出逢ってから3年半とちょっとの日々の思い出をブログにしました。 (以下、敬称略)

約3年半レーレと会える日々が当たり前だったから、あまり記録を残していなくて。 その時の出来事や気持ちを思い出しながら書いたので時間がかかっちゃいました。 毎回お話したことや感じたことを記録に残しておけば良かったなと今さら後悔もしました。

でもレーレと会えなくなる前に記憶の整理ができたことは良かったように思います。 気持ちの整理はまだまだ時間がかかりそうですが…

あと例え思い出が完璧に思い出せなくても、レーレからもらった色んなもので今の自分はできているので、悲観しすぎるのも良くない気がします。 と、冒頭からポジティブなのかネガティブなのか分からない自己完結野郎になってますが、そんなまぜこぜの感情も一緒に吐き出していければと思います。

(長いです。自分とレーレちゃん向けに書いたので、他の人が読んで面白いかは…微妙です。)

出逢わずわず

レーレとの出逢いが紀元0年だとしたら、いきなり先史時代へとさかのぼります。

2018年 9月 ギュウ農@WWWXで、ミミミユとブラジルの2人体制のミグマシェルターを見ました。

ここからミシェルを推し始めていれば話は早いのですが、運命の歯車はここでは噛み合いません。 この時の自分は、自分の推しグループ以外は斜構に見るスタイルだったため、ミシェルも音がデカい奇抜な2人組だな〜という印象のみにとどまりました。

そして、このイベントのトリにゼアが出ていましたが、もともと目当てだった推しグループの終了後に自分は即時撤退をしてしまいました。 残念ながらこの時はレーレとニアミスする形となり、出逢うまでには至りませんでした。

もしもあの時ゼアを見ていたらもっと早くレーレと出逢えてたのかな…とかありもしない妄想をすることがあります。 でも、その可能性は低かったんじゃないかなと思っていて。 後からだから何とでも言えるけど…

自分はミグマシェルターのレーレだから、レーレを好きになったんだと思います。

これは超感覚的な話ですが。

もちろん今となってはレーレという人間自体が心から好きです。 でも自分が出逢うタイミングにレーレがミシェルでいてくれたことは、自分の中では相当デカいことでした。 何かにハマる時っていつでもいいワケじゃなくて、その時の自分の価値観だったり趣味だったり、誰かからの誘いとか気分とか色々なものに左右されて決まってくると思います。

自分にとってはレーレがミシェルでいてくれたことが、レーレを推し始めるキッカケの大きなピースのひとつになりました。

それくらいミシェルのレーレは、自分にとって運命的な場所にいた存在だと言えます。

出逢い遂に

いきなり話は飛んで丸1年が経過します。 その1年は元々推してたグループのライブに足繁く通う日々でした。

そして運命の歯車が動き出したのが、忘れもしない2019年9月14日の「心拍数三一八」というCY8ER主催の対バン。

この時自分は我儘ラキア目当てで入場して、ミシェルの評判は知り合いから少し聞きかじっていた程度。 私はフロアの下手でライブのスタートを待っていましたが、ミシェルのステージを見て衝撃が走りました。

怪しい照明に照らされながらうごめく5人の調和と混沌を行き来するダンス。 頭に鳴り響く爆音で自然と体は揺れ動きました。

そこで何よりも目を奪われたのが長髪の綺麗な女の子のパフォーマンス。 そしてその一挙手一投足すべて。

激しい曲を体現するダイナミックな体使い。 髪先一本一本まで神経が通っているような流麗な所作。

これがのちに推しメンになるレーレのパフォーマンスで最初に心を掴まれた瞬間でした。 レーレのダンスって本当に格好良いんですよね。

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(その時の動画🙏共演者もセトリも神がかったスーパー対バン)

ライブが終わった後は自分を虜にしてくれた素晴らしいパフォーマンスの子と喋ってみたくなり意を決して特典会に参加。 フッ軽の対局にいた自分がただでさえ怖そうなグループの特典会に参加するくらいには相当喰らったライブでした。

そしてレーレとの最初の接触。 レーレは終始ホワホワした空気感と喋り方で自分に優しく接してくれました。 ステージ上の美しさと怖さの二面性を持った印象とは180度違っていてとても驚いたことを覚えています。

(今はステージ上で幸せそうに笑うレーレの姿も知っていますが、ステージ外のレーレは最初から最後までありのまま変わらない裏表の無い天使です。あとギャル。)

これが自分にとってのレーレとの運命の出逢い。

この日見たミグマシェルターのステージに衝撃を受けて、そのステージに立つレーレという存在に魅了され、お話する時の雰囲気のギャップに惹かれました。

これがベルハーやゼアだったらどうなっていたか分からないし、何ならミシェルでもこの日より前に見ていたら印象は違っていたかもしれません。 というのも、この時のミシェルのセトリやパフォーマンスのレベル。 レーレと歌、ダンス、衣装との組み合わせ。 そして、自分の今日に至るまでの嗜好や足を運ぶタイミング等々ミシェルのレーレとの引き合わせは自分の中で運命的に感じていて。

ミシェルのレーレにハマるのは偶然でもあり必然だったのかなと思っています。

これが先ほどミグマシェルターのレーレだからこそレーレを好きになったと言ったことの顛末でした。

(と、ここまで書いた時点でレーレの東京卒業公演のベルハーを見てめちゃくちゃ格好良いなと思ったので、生まれ変わったらベルハーからレーレを追いかけたいです。さらに言うと鹿児島時代のれーれの活動から全てを見届けたいですw)

とはいえ、この時点ではミシェルの現場にはそこまで頻繁には顔を出しておらず、東名阪のPSYツアーも見送りました。 この時は、あくまでも当時推してたグループを優先していたんだと思います。

推し初め

それから3ヶ月の月日が流れます。 その間にレーレのブログを読んだり、まよレコを聞いたりして、レーレの人物像を興味を持って知っていきました。

そんな時、自分の中でレーレを推し始める決定打になったのが高円寺で開催されたソロイベント。

オタクが書いた質問用紙が入っている箱からレーレが一枚づつ紙を引いていって、その質問に答えていく形式のトークイベントでした。

自分はレーレのことがその時点でとても気になっていたので一人で10個以上質問しました。 (普通に迷惑です。)

そして、運良くレーレに近い席だったこともあり、イベントの間は終始レーレの美しい顔に見惚れていました。 (怖いです。)

レーレは誰から来るどんな質問にもきちんと誠実に答えていたことを覚えています。 一生アイドルでいたいなとも語っていました。

(どんな形でも良いので復活してくれないかなレーレちゃん。←未練タラタラじゃん)

その時の真っ直ぐ喋るキラキラな表情が忘れられなくて、超短いけれど雰囲気だけブログを書きました。

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そして、この日ハッキリと分かりました。 レーレは天界から通っている天の使いなんだと。 (鹿児島=天界説)

レーレのパーソナルな部分をこのイベントで沢山知ってからというものの、レーレのことがますます気になり始めていました。

推しメンかどうかって最初はグラデーションだと思うんですけど、パフォーマンスと顔と人間性を好きになっていたので、この頃にはもう推し始めていたと言えますね。

あとレーレの人柄を好きになったのは、まよレコがあったのも大きかったなと思ってます。 毎週心待ちにしていたラジオって生涯でも片手で数える程しかありません。 それくらい大好きなラジオでした。

レーレの人柄や趣味などパーソナルな部分を沢山知るキッカケになりました。 叱レーレなどをされたくて自分も途中からお便りを送るようになっていました。

まよレコからは沢山の癒やしと元気をもらいました。

なので、まよレコの放送が途中で終わった時はとても悲しかったですが、お便りの採用時にもらえた番組のステッカーやチェキ、レーレが描いた日記などは一生大切にしようと思います。

(これは全くの余談ですが、自分はみなとみらいの某お茶漬け屋さんで働いていたことがあり、レーレがラジオの収録終わりにお店によく立ち寄っていたことを知って嬉しくなりました。働いていた時期は違うので十中八九会ったことは無いと思いますが、こういうちょっとしたことにも運命を感じるのがオタクなので嬉しいです。)

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2020年

2019年末にミシェルがリリースした「TOKYO SQUARE」が自分的にヒットしたこともあり、この頃から加速度的にミグマシェルター現場に通い始めました。

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(今見ても素晴らしいMV。レーレの美しい顔面が特に最高。)

自分がミシェルにめちゃくちゃハマっていたことは、お正月にアップした布教用ブログ(?)の熱量からも分かります。

kirinroku.hatenablog.com

この記事はミシェルオタクだけでなく、メンバーからも反響をもらえました。 これでミシェルの他メンとも仲良くなるキッカケになりましたし、色んなオタクともTwitterで繋がるきっかけになりました。

ALICEのクラファンを募集していた時期もこの頃までだったかなと思います。

自分は涅槃プランというそこそこお高めのプランを申し込みました。 今となってはリターンに対してお安く感じる内容ですが、推し初めてすぐの自分が高額プランに申し込むのは勇気がいることでした。

しかし、これから大きく羽ばたこうとする自分の推しグループの一助になれることは嬉しいことでした。 そして、レーレを含むメンバー全員から直筆のお手紙を書いてもらえたことは一生の宝物です。

(当時クラファン支援の背中を押してくれたオタクの知り合い数名と、勇気を出して一歩を踏み出した過去の自分に感謝🙏)

クラファンは最終的に1200万円を達成して当時の地下アイドルの中でもぶっちぎりの記録を打ち立てていたと思います。

そんな最高の追い風もありALICEという最高のアルバムを引っ提げて行脚する全国ツアーをキッカケにミシェルはもう一段羽ばたこうとしていました。

しかし、その矢先――

コロナという大逆風が世界を襲うことになります。

はじめはコロナもインフルの一種ですぐに収まるだろうという空気感がありました。 そのため、最初は観客がマスクを着用した状態で有観客レイヴをやっていました。

この時の川崎クラブチッタのオールナイトイベントのことはよく印象に残っています。

レーレは生活リズムが昼夜逆転していたので、特典会をする深夜2時頃が活動のピークタイムでした。 なのでオタクが疲弊するかたわらレーレはレイヴで元気に踊っていましたし、特典会でも一生ジャンプしていたことを覚えています。

(深夜の特典会でジャンプし続けるかわいい成人女性さん)

2月14日 O-EASTでバレンタイン対バンがありました。

この頃はまだチェキの撮影時だけメンバーはマスクを外していました。 そして、メンバーが直接チョコを配ってくれるという神特典会もありました。

義理チョコをもらえるかもらえないかの瀬戸際にいる人間なので、推しメンから義理でも貰えたチョコは一生大切にしようと思いました。 でも賞味期限を迎えたのですぐに食べました。

(ネクタイを結んでもらう新婚夫婦ごっこ。何やらしとんねん。)

同月 レーレが「渋谷のラジオ」に出演。

まよレコ以外のラジオにレーレが出ることは珍しいかったので自分も観覧に行きました。

ラジオの内容は流石に覚えていませんが、ラジオの休憩時間にオタク全員にボンタンアメを手渡しで配ってくれたことはよく覚えています。 レーレってこういう気配りができる子なんですよね。

それはオタクに対しても、他のメンバーやスタッフさんに対しても。 というよりレーレは全ての人に対して優しい良い子なので、この世界には優しさより先にレーレという存在があったのかもしれません。

((勝手に見に来たオタクに)優しい気配りをするスーパー天使のレーレちゃん。)

2月23日 自分にとって今でも思い出深い初参加のレーレ生誕イベントの日。 会場は今は無き渋谷のVISION。 盟友であるみずほちゃんやめいちゃ、レーレがアイドルとして尊敬する恋汐りんごさんらが出演する豪華な一日でした。

生誕イベって推しメンを祝う時間なのに祝う側のオタクも幸せな気持ちになれるんだ。 そんな強烈にハッピーな気持ちになったことをよく覚えています。

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こちらは自分が書いた当時のことを綴ったブログ。 5年目の眠り姫はレーレの人柄の良さがそのまま形になって幸せな空気が会場に充満する最高に幸せな生誕イベントでした。

今まで何かを続けてきた経験が人生に無くて、でもアイドルを5年続ることが出来て。 5年の節目でお祝いしてもらえたことがとても嬉しかったです。

これはレーレがMCで語っていた言葉。 レーレの言葉や表情からはアイドルが好きだという気持ちがよく伝わってきます。

レーレは同じ空間にいてくれるだけで幸せな気持ちになるし、私たちの前に舞い降りてくれたことへ感謝の気持ちしかありません。 レーレに出会えて嬉しかったとかパフォーマンスが好きだと伝えると、レーレから「見つけてくれたありがとう」という言葉をくれることがよくあります。 でも、むしろ私たちの前に現れてくれてありがとうという気持ちなんですよね、レーレちゃん。

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あの時、アイドルを辞める道ではなく 今のこの道を選んでよかった!

これはPSYツアーの時のレーレのブログですが、レーレにとってアイドルは天職だと今でも思っています。 (もちろん我々が想像できないような辛いこともあるとは思い無責任全開な発言かもしれませんが…)

(え、何でレーレというアイドルはこの世界に必要なのにやめちゃうんですか…)

生誕イベントの終了後は大人数のオタクの打ち上げが会場から少し離れた渋谷の居酒屋でありました。 この飲み会がキッカケでオタクの方々ともコミュ障なりに交流し始められていったように思います。

レーレ生誕で繋がり始めた縁が沢山あったので、レーレちゃんにはとても感謝をしています。

3月 レーレ生誕から先は中止になるイベントが増え始め、ALICEツアーの開催にも暗雲が立ち込め始めました。

タマネ生誕は何とか滑り込みで開催できました。

この時の特典会でレーレから「さんちむらのグルメリポーター」という産地村人ネームを拝命。 きりんちゃんはよく美味しそうなご飯を食べて感想を言ってるからという理由らしいです。 レーレのお陰でこの(食べたいものを食べるだけの)活動に一層やりがいが生まれましたし、ライフワークのひとつにもなったのでありがたかったです。

それから一週間後、『NO ALICE, NO TOUR. ~ほなツアーちゃうやないかい~』が「無観客」にて開催。

味園という最高の会場で最高のツアースタートを切るはずだったのに… より多くの人に見てもらえる機会としては良かったけど、この後もずっと配信が続いていくもどかしさは空気感として正直あった気がします。

ここからZoom通話や読み上げチェキが特典会の中心となって開催されました。

Zoom特典会は電話が苦手な自分にとっては苦手な(非)接触でした… でも画面いっぱいに広がるレーレの笑顔と声を堪能できて癒されましたし、お互いに定期的に生存確認を行えたことは良かったのかなと思います。 お陰で毎回緊張で寿命が5年づつ縮みましたが…

一方で読み上げチェキ特典会は割と好きでした。 動画として形に残るので今でも見返せますし、おふざけコメントにもレーレはノリよく返してくれました。

他にもコロナ期間中はメンバー日替わりでツイキャス配信もありました。 ミミミユのリコーダー配信とかブラジルのお喋り禁止配信とか面白い企画も沢山ありました。

その中でも最高だったのが、お風呂でレーザーライトを焚きながら踊るレーレのパリピ配信。 レーレは最高女かよと膝を打ちしました。

レーレは優しさだけでなくぶっ飛んでいて面白いところも沢山ある子なんですよね。 ノリが良くて好き。急に差し込まれる謎のギャル要素も好き。

色んな魅力が詰まっている子だなと思い続け、3年半見ても一生飽きずに見ていられるなと思っています。

twitcasting.tv

(当時のパリピ配信のアーカイブ

7月 この頃からミシェルの有観客ライブ(特典会なし)が徐々に増えていきました。

何とかミシェル成分を摂取するために産地村の真似をしておしゃれなALICEホテルビュッフェも食したこともありました。

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(何ですか?これは。)

12月

ミグマシェルター主催のクリスマスレイヴが千葉の森のホールにて開催。 久々の長尺セトリとParalyzing~HMXの披露があり、スペースも沢山あって踊れたので、この日はいまだに好きなレイヴのひとつに数えられます。

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束の間の時間ですがハロウィンの読み上げ中に購入して、レーレとブラジルにウケの良かったキリンコスプレを着て、ミグマシェルターと優勝できたことはとても良かった…

(ギャル・キリン)

12月31日 歳忘RAVE

一緒に年越しはできませんでしたが、めちゃくちゃ可愛いレーレの当たりチェキを引けたので良い2020年の締めくくりになりました。 レーレちゃんと丸々過ごせた最初の年。

2021年

1月 レーレの新年あけおめ配信。 自分がプレゼントしたカレーを早速煮て配信で食べてくれてBIG LOVE…

本店の銀座で食べるデリーのコルマカレーも美味しいので、卒業してゆっくりできたら優雅に銀ブラしてきてほしいな。

twitcasting.tv

(可愛いレーレと美味しいカレーの相性は最高です)

1月末 ライブハウスでのレイヴが久々に解禁。 その初っ端を飾ったのが何とあの伝説のギャルレイヴでした。

1ヶ月ぶりのレイヴで興奮が押さえきれなかったのに刺激の強いギャル衣装のレイヴと来たら… 当日に万超えのジンバルを買って撮影を試みるくらいには自分も気合を入れて臨んだレイヴでした。 その時に撮影した映像↓

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(念願のバニラシェルター産地村)

(レーレちゃんのギャルの完成度が高すぎる。ギャルはハートが命なのでレーレは正真正銘のギャルです。)

www.tiktok.com

(この時面白かった読み上げチェキ特典会の動画)

3月20日 自分にとって2回目のレーレ生誕イベント「Happiness Nightmare - ccxxv -」が開催されました。 会場は品川インターシティホール。 普段ミシェルでは使わない大きいホールの会場。

レーレのソロコーナーではフロアの遥か上空のバルコニーから登場。 バルコニーで優雅に歌う姿は、お姫様風の衣装も相まって地上を飛び越えた天空アイドル。

レーレ様を応援させていただいているんだ…というお気持ちが強くなりました(?)

やはり推しメンの生誕って特別で幸せな日なんだなということをこの年も気づかされました。

レーレ生誕のため自分はパープルコーデで特典会に参加。 レーレに格好良かったよと褒めてもらえました。とても優しいお姫様。

(プレゼントで渡した紫色のワインはまだ未開封かな♡)

5月 福島遠征。 三崎公園は野外だったためこの頃できたレーレとの貴重な会話。 前日にオタクと旅館に泊まったり海鮮料理屋さん行ったりしたのも楽しかった。

久々にレーレと会話できたのが嬉しかったし、野外レイヴも気持ちよかったし、(三崎公園が遠いこと以外は)言うことなしでした。 ミグマシェルターご一行様と会場付近のご飯やさんで遭遇した事件もありましたね…

8月8日 この日にあったのがミグマシェルターの葉っぱの日のレイヴ。 久々のワンマンで嬉々として開演を待っていたら度肝を抜かれる事件がありました。

Spider Lineのイントロで6人が登場するのですが、1人だけ見たこと無いシルエットの人物がいました。 一瞬新メンかもしれんという想像を頭がよぎりましたが、何とそれはトレードマークの長髪をバッサリと切ったレーレだったのでした。

実はツイキャスでは髪の毛を切るかもしれないと言ってました。 ですが、この日に予告なしでショートで登場するとは夢にも思わなかったので横転しました。

今だから言えますが、長い髪の毛を振り乱すレーレのパフォーマンスが大好きだったので内心反対していました(w) でも実際にレーレが髪を切ってみるとなかなか似合うではありませんか… むしろお姉さんみが増して一層キレイなオトナの女性に変身した気がします。 私はすぐに手のひらを返しました。

推しメンはどんな髪型だって似合います。ドレッドだってアフロだって似合うはず。空も飛べるはず

9月 井口昇監督の映画『IDOL NEVER DIES』にレーレは池田ベータ役として出演。 レーレがオーディションに合格したことが誇らしかったし、多くの人にレーレの魅力を知ってもらえることが嬉しかった。

また、劇中アイドルグループBLOOD CHERRYの一員としてイベントにも出演。 レーレが他のアイドルと並んでステージに立って歌っている姿がとても新鮮でした。

(池田ベータちゃんとの貴重なツーショ)

ドルネバの舞台挨拶は全部足を運びました。 映画の中のレーレも綺麗だったな…ベータちゃんはツンツンキャラに見えて仲間思いのいい奴だったし。 銀幕デビューした推しを見られた一生あるか無いかの貴重な体験に感謝。

(レーレはモデルや女優も向いてそうなので活動が見れるお仕事をまたやってくれたら嬉しいだろうか。いや、レーレが幸せに生命してくれていたら何も言うことはない。)

11月 最後の新木場コーストで行われたギュウ農フェス。 レーレ生誕が行われた渋谷のVISIONもですが、思い出深いライブハウスが次々と無くなっていくのは寂しい気持ちがあります。

この日のオクタゴンでのラストレイヴはギュウ農にミシェルありと言わんばかりの堂々たるセトリ。 彼女たちなりのコーストへの餞(はなむけ)としての最大火力のマッシュアップ

レイヴが熱すぎてエモくて泣ける。 そんな気持ちになる最高のレイヴでした。

レーレも踊りきった後に泣いていたのが印象的でしたね。 きっと自分が知らない時代からギュウ農フェスのステージに立ってきて、色んな想いを重ねてきたんだろうな。

個人的にも2回目にレーレと喋った場所がこの新木場コーストだったので思い出深い場所でした。

(2度目ましての時のチェキ)

12月 横浜ブロンテの対バンで出演者全員のサイン入り色紙を抽選でゲット。 知り合いのオタクばかり色紙が当たってたのが面白かった。

(副賞の楽天ポイントがみんな欲しいと言ってたのはガチw)

12月31日 年越しAQBI DIQは抽選で外れてしまったので1部の大晦日パーティーのみ参加。

ふわふわなワンピースが可愛いレーレちゃん。 優しいお顔に清楚系の服もよく似合いますよね。

2021年もレーレのお陰で充実した一年になりました🙏

2022年

1月 静岡遠征(遠征と言ったら静岡県民に怒られる)

静岡といえばレーレとはよく沼津の話をしました。 レーレは沼津を旅行した時からお気に入りの場所らしいです。 (私も某アニメの影響で沼津には足繁く通っていました)

レーレに紹介した海が見えるケーキ屋さんもミシェルを卒業したらのんびり行ってきて欲しいな。

勝手に沼津のおすすめ旅行プランを作っておきます。

2月20日 自分にとって3回目となるレーレ生誕「FANTASY GAL」がセレネb2にて開催。 フワフワの毛皮衣装を身にまとってバキバキのVJを背中にMEGAMIXを踊るレーレが格好良かったな。

そしてまさかこの年が最後の生誕イベントになるとは夢にも思っていませんでした。 でも世界一幸せな空間でレーレが幸せそうにする姿を見る機会があったことは、オタクとしてとても幸せなことだったなと思います。

オタクは推しメンが幸せそうにしてるのが一番の幸せですから。 未来永劫レーレに幸せな日々が訪れることを心から願っています…

(FANTASYポーズ)

3月、4月 遂にALICEツアーが2年の時を経て東京を皮切りに開催。ここまで本当に長い長い日々でした。

レーレもコロナ禍の中でしんどさ、やるせなさを沢山感じたと思いますが、みんなで夢見たALICEツアーが開催できたことは有り難いことでした。

ALICEツアー沖縄遠征。 個人的に沖縄は大好きな場所なので、産地村と産地村人と遠征に行けて心底良かったです。

そして推しメンと南国で会うのは文字通りパラダイスでしたね… 最後の日以外はずっと寒かった気がするけど。。 南国ということもあって、いつもの特典会より当社比8倍くらい浮かれていた気がします。 かりゆし姿のレーレも可愛かったし…

ちなみに沖縄は爆食三昧で、お前はライブを見に行っているのか、飯を食いに行ってるのかとよくツッコまれました。沖縄に限らずですが。

(レーレは月曜から夜ふかしをよく見ていたので嫁ニーの黒い恋人をプレゼント。推しメンに嫁ニーのお菓子をプレゼントするな。)

実は沖縄は前乗りしてオタクと沖縄料理屋で飲み食いをしました。 この頃から産地村人同士の距離も更にグッと縮まった気がします。

(もし今後ミシェルの沖縄遠征がある時はレーレはただ観光に来るだけで良いので、遊びに来てオフ会に参加してくれないかな~もちろん費用はオタクが全額出すので。)

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東京に帰ってきてからはミシェル5周年RAVE。

この時のレーレは昼は赤いドレス、夜は旧ミシェル衣装を着ていました。 赤いドレスのレーレも大人っぽくて綺麗だったし、黒い旧衣装も似合っていて可愛かったな。

(レーレは赤や黒がよく似合うので絶対ブルベ冬)

周年RAVEでミグマシェルターにレーレがいてくれたことの心強さをあらためて感じました。

6月 ユブネがミグマシェルターを卒業。 自分が好きなものが変わらないでいることの難しさを知りました。 もしもコロナが無かったらどんな世界になってたのかなと意味の無い妄想もしました。 ユブネはレーレと歳が近くてよくご飯に行っていた仲なのもあって、レーレもユブネの卒業で考えるところが多かっただろうなと勝手に想像しています。

(久々にユブネと喋ったら卒業前にレーレを呑みに誘ったらしくてマジでありがたい…余計なおせっかいですが人間ずっと1人でいると病んでしまうので。。)

同月 ALICEツアー仙台遠征。 この公演にてゼアのSunrise=Sunsetがミシェルバージョンとして披露されました。

レーレにとって思い出深い曲ということもあり、レーレがこみ上げて涙する姿を見たら自分も堪えきれませんでした。 本当にサンライズって良い曲ですよね…歌詞を見ると明るい旅立ちを歌っているようにも聞こえるので今の心象にもピッタリ。

(インナーカラーが美しいレーレちゃん)

7月 ALICEツアー札幌遠征。 南の島も良いですが北の大地に遠征するのも大好き。 レーレも美味しいご飯を食べていたら良いな。(またご飯の話)

QUEENの時にミミミユがいない方向を一人だけ指差していたレーレの良チェキ)

こんな風にレーレとおふざけチェキを撮るくらいの仲になれていました。 いつも他愛も無い話を沢山していたなと振り返って思います。 でもそういう話ができる関係性ってホント有難いことですよね… 相席食堂の話もよくしたな…珠世パンティーテックス!珠世パンティーテックス!

8月 ALICEツアー福岡遠征。

この日をもってレーレは一時活動休止。 サンライズの時に紫色のペンライトを点灯してレーレが泣いちゃったけど、その後嬉しそうに踊っていた顔が脳裏に焼き付います。 その時の動画↓

レーレはALICEツアーは全公演参加じゃなかったけど、こうして福岡や沖縄、北海道など色んな場所に一緒に行けて嬉しかったな。 ALICEは自分にとってミシェル初参加のツアーでもあり、他のアーティスト含めて唯一全通できたツアーでもあったので。 レーレと回るALICE遠征は全てが特別な時間でした。

8月末 1日限定でレーレが横アリの@JAMに参加。

福岡公演から半月も経ってませんでしたが、久々に会えた気がして嬉しかったです。 レーレちゃんと会えない1週間は体感1ヶ月以上に匹敵します。

(髪の毛暗くしてお手紙喜んでる可愛いレーレちゃん)

これからずっと会えなくなると思うと、5億年ボタンを押してる心地になるかもしれません。

11月 レーレが活休から復帰。 この日のお昼は新宿ロフト、夜は秋葉原でレイヴが開催されました。

夜の部はオタクが少なかったけどレイヴも特典会も温かい空気感に包まれていたのが良かったな。

活休してそのまま辞めちゃうパターンもあるので、また推しメンの笑顔を見れたことに感謝の日々でした。

同月 ALICEツアー名古屋遠征。 ALICEツアー初の声出し解禁公演だったためメンバーとオタクの声量も熱量もとんでもない事になっていて完全優勝できました。

(にゃんこにゃんこなレーレちゃん)

レーレも激しいフロアを見て笑顔になっていて、大声や笑顔を交換できる情勢が戻ってきたことに幸せを感じていました。

同月 よみうりランドで開催された対バンに参加。 オタクとアトラクションに乗った後で遊園地で推しメンと会話する空間が非日常で楽しかったな…

遊園地ってだけで不思議とデート気分になれちゃうから不思議。 イルミネーションを一緒に見れたのも良かったね。

12月 いよいよALICEの物語も終幕となる最後の公演。 既存の強い曲も混ざって新宿ブレイズで万感の思いで長尺レイヴが行われました。

決して順風満帆な2年間じゃなかったかもしれないけど、その苦しみも乗り越えて、みんなで成長できた2年間だったんじゃないかな。 戻りたいかと聞かれれば絶対戻りたくない2年間でしたが、あの中だからこそ掴めたミグマシェルターの武器も確かにあったと思っています。

そしてそれはファイナルで最高の景色が見れたことが何よりもの証左だったんじゃないかなと思います。

このALICEツアーを通してレーレ曲のIn WonderlandとMy Wonderlandがもっと好きになりました。 特にマイワンダーは落ちサビのブラジルとレーレのハモリが大好きで、神々しさだけで何度このツアーで涙したことか。

ミグマシェルターと一緒に迷い込んだ長い長いアリスの物語。 自分にとってはレーレと出逢ってからの思い出の日々の多くがこのALICEと共にありました。

同月 なんばHatchへのクリスマス遠征。 ナラちゃんの最後の遠征でもあったけど、この時がまさかレーレと過ごす最後のクリスマスにもなるとは…

当たり前だと思っている日々に感謝しないといけないことをあらためて痛感しました。

同月 ナーナナラが12月30日を持ってミグマシェルターを卒業。 インスタのストーリーにナラが上げていたレーレと撮った舞台袖の写真が印象に残っています。 姉のようにナラの面倒を見て、戦友としても一緒に活動したナラが辞めることは、レーレにとってショックが大きいことだったんじゃないかな。

この6人のミグマシェルターが大好きで追いかけ続けてきただけに寂しさがめちゃくちゃありました。 でも卒業していったユブネ、ナラも新しい一歩を踏み出していってるようなので、絶対に幸せになって欲しいなという気持ちはそれ以上に強くあります。

12月31日 遂に年越しAQBI DIGに初参加。 推しメンと過ごす最初で最後の年越しは特別な日になりました。

2022年は活休で会えない期間もありましたが、この年もレーレのお陰で幸せな一年になりました。

2023年

1月8日 そして運命の日が来てしまいました。 AQBI DIGはお祭りなので自分も浮かれてレイヴに参加しましたが青天に霹靂が落ちました。

レーレがおもむろに喋り出した時、察しが悪い自分は生誕の告知を期待しましたが、レーレの口から飛び出したのは”卒業”という二文字。

全身から血の気が引きました。

思えばこの時が一番ショックを感じていたように思います。 レーレはミグマシェルターに当たり前に無くてはならない存在だし、レーレともう会えなくなってしまうのは到底その場で受け入れられることではありませんでした。

その後に披露されたsunrise=sunsetは涙で視界がぼやけていました。 この時レーレと目が合った瞬間お互いに泣いちゃったな… あの場所にきりんが立っていたからと特典会で叱られ?もありました。

特典会に並んでる時、ずっとレーレが辞めるのが嫌だとオタクに話していました。 レーレ本人にはずっと辞めるのが嫌だとは言えませんでしたが… 残り少ないレーレと会える時間は笑顔の思い出で終わりたかったので。

推しメンの卒業って自分には初めての経験だったのでどうするのが正解だったのか全く分かりませんでした。

まぁそんな経験があったところでどうにもできないことは目に見えていますが…

(お互い涙目の写真)

この日は楽しい思い出で終わるはずだったのに。 楽しい思い出の日は何回も繰り返したくなりますが、この日は流石に繰り返したくないかもな…

同日 サゲな気持ちを抱えたまま夜のAQBI DIG DEAD OR ALIVEに参加。 自分が一度も見たことないレーレの姿を見ることができたのは嬉しかったですが、心のどこかで楽しみきれない自分がいたことも事実でした。 結局きちんとベルハーを見ることができたのはレーレ卒業東京公演の日になります。

翌日 私の地元横浜でレイヴがありました。 一晩明けてすぐにレーレと話せたおかげで病み過ぎなくて済みました。

事実この日もレーレとは楽しい話ができました。 特典会の時にあったロッカーもちょうど0225終わりだったしね。 他のメンバーにはレーレが辞めるのが嫌だというとりとめのない話をしてしまったので普通に嫌な奴だったなと思ってます。

この日はレイヴの前にお昼にランドマークに行ったりしてまよレコの思い出を感じる日でもありました。

週末 レーレは椎間板ヘルニアを発症し卒業日程を延期。 卒業発表から延期のスピードが早過ぎてそんなことあるんやとなりましたが、レーレとの思い出を振り返る時間がもらえたことはありがたいことでした。

2月25日 レーレの生誕イベントはありませんでしたが、産地村人で集まってレンタルルームで独自のレーレ生誕をしました。

レーレはお誕生日カウントダウン配信をやっていて「何でウチは呼ばれてないの!?」と嘆いていたのが面白かった。

卒業後もまたオタクで集まってレーレ生誕ができるといいなと思っています。

(レーレちゃんも遊びに来ていいんだよ~~!!)

レーレがいなかったら今の楽しい環境も無かったのかなと思うと人生の恩人レベルで感謝しかありまけんね。 ありがとう、レーレちゃん!

3月11日 アイドライズにてレーレが復帰。 特典会は野外だったためビニールシートがありませんでした。

久々のレーレとお話する機会なのにゼロ距離で喋れて嬉し恥ずかしだったけど、この日も楽しいことを沢山おしゃべりできたのが嬉しかったな。

(最後にビニールシートの無い特典会ができて良かったねと星を見つめる写メ)

レーレが卒業発表してからは寂しい気持ちになるどころか、レーレとお喋りしてる時はむしろ今までより楽しく感じている自分がいました。 レーレもあえてそういう空気感にしてるのかなとも思うし、レーレ自身もあまり実感していないとも言っていました。

それだけに5月から急に会えなくなってお喋りができなくなるのは普通に無理になってしまいそうですが。

3月 渋谷タワレコにてニューシングルOZ oneの楽曲のお披露目。 レーレのいる現体制ミグマシェルター最後の楽曲。

病気で卒業が延期になったことは喜んじゃいけないけど、こうして新曲に加われたり新衣装がもらえたり、お話できる期間が少しでも長くなったことは素直に嬉しいことでした。

(最後の集合なのにふざけてるワシ。オタクを蹴りながらもレーレだけハートくれてるじゃん。レーレしか勝たんな…)

3月21日 日比谷野音の野外フェスで、三崎公園の距離感で後方多動しながらミシェルを見ました。 せっかくの特典会は外じゃなくて会議室なのかよと思いましたが、レーレとこの日も面白いお喋りとかくだらないポーズのチェキを一緒に撮れて嬉しかったな。

3月23日 NightOwlとZsaazのスリーマン。 久々に浴びる爆音×汗だく最強セトリでハチャメチャに楽しかった。 ここでもレーレと特典会で沢山遊べたな。遊びすぎたな… (レーレを壁ドンするな)(レーレに壁ドンするな)(写真掲載不可)

3月27日 タワレコ屋上でのOZ Oneのリリイベ。 レーレが寂しくないようにお渡しした誕生日プレゼントの甘噛みハムハムに喜びの意を表してくれました。

最後の最後までレーレとは楽しい話が尽きなくて。 リリイベの最後にはオタク全員をレーレがお見送りしてくれて、最後にさよなら大ジャンプも見せてくれたのが可愛くて愛おしいなと思いました。

レーレはナチュラルボーンアイドルだなと思います。

4月1日 当初レーレの参加予定がなかった大阪遠征も一緒に行けることになりました。 レーレと行ける最後の関西遠征となってしまいましたが、最後の最後に一緒に遠征に行けたのが心底嬉しかったです。

最後の関西遠征の場所が味園だったことも良きでした。 最初のALICEツアー大阪編では無観客での開催だったもんね…

2日目はレーレのMCがライブの途中であって自分は泣きながら踊る忙しい人になっていました。

沢山した遠征も楽しい思い出をありがとう、レーレちゃん。

レーレ東京卒業

4月8日 来たるレーレの東京卒業公演の日。 MIGMA SHELTER レーレ卒業公演「Last Fantasy」東京編

この日までにレーレからもらった動画やレイヴ映像を見返していましたが、まだほとんどレーレが辞めちゃう実感が湧いてませんでした。 流石に前日は実感が湧いた瞬間もありましたが、逆に当日は実感がほとんど湧かなくて。

レーレ自身も実感が湧いてなかったのか、この日もあまり卒業感を出していなかったように思います。 当たり前に続いた日々の中で、この日常がこの先も変わらず続いていくようでいて。 本当に終わってしばらく経ってから実感が湧いてくるんですかね…

ベルハー&ゼア

M1. UNDO M2. サーカス&恋愛相談 M3. 白昼夢 M4. Sunrise=Sunset M5. スナッキー M6. asthma (セトリはTwitterから拝借)

AQBI DIG DEAD OR ALIVEの時は気持ちが安定しないままベルハーを見ていたので、今回しっかり最前でパフォーマンスを見届けることが叶いました。

ベルハー・ゼアは想像よりもめちゃくちゃ格好良くて、当時の活動を追いかけられなかった自分でもエモくて泣ける圧巻のステージでした。 特にSunrise=Sunsetは自分も思い入れが強い曲なので特に胸にグッと来るものがありました。

ステージに立っているのはレーレなんだけど自分の知ってるレーレじゃない不思議な感覚。 でもそんな自分が知らないレーレの軌跡を最後に見れたことは堪らなく嬉しかったです。

格好良くて凛々しかったよ、レーレちゃん。

レーレソロ

M1. Yeah! めっちゃホリディ M2. Wake up

Yeah! めっちゃホリディは選曲にビックリしましたが、世界一可愛いスーパーアイドルのレーレちゃんでした。

そして待望のソロ曲Wake upは、レーレにぴったりのゆったりとした安心できる楽曲。 レーレらしい愛の陽だまりのような、ずっと生活の側にいて支えてくれるような優しい一曲。

本当に最後にいい曲をもらえたねレーレちゃんと思い、私自身も一生大切にしたい曲になりました。

MIGMA SHELTER

69 Unbirthday Spider Line Svaha Eraser theAnswer Cosmic Forest Emerald Redo BANG ON Road TOKYO SQUARE Coro Da Noite Egg Head 明けの歌 Tornado My Wonderland Sunrise=Sunset Joint Compression: Free In Wonderland

ベルハーで暴れた後ミシェルの100分レイヴは卒業公演とはいえハードすぎましたね… これも楽しさが増して卒業する実感が無い卒業公演になった一つの要因だったのかなと思っています。

ミグマシェルターとレーレの思い出を詰め合わせたような最高のセットリストでした。

何よりもレーレが全編楽しそうにしていたのが印象的でした。 他のメンバーとずっと笑顔を交わしていて、今思い返しても本当にもうすぐ辞めちゃう子のライブだったのかなと思います。

でもだからこそ終盤のレーレの「さよなら」の一言は余計にぶっ刺さりました。 あー、もうすぐ本当に終わっちゃうんだなって。

「またね」とか「またどこかで」という言葉じゃないんだと。

自分の中の邪な気持ちがそれを望んでいたからこそ介錯してくれたレーレって本当に格好良いアイドルだなと思いました。

生半可な気持ちを抱え続けるよりも断然嬉しいです。 我々もレーレも新しい出発をするためにね、ありがとう。

この8年間は私にとって地獄のような天国の日々でした。

レーレだからこそ言える、レーレの生き様が宿った言葉。 胸の奥にドスンと来ました。

我々が見えない辛苦を沢山経験してきて、でもレーレがアイドルを一生懸命やってきたからこそ掴んだ最高の景色や縁もあって。 レーレのあらゆるステージや表情、言葉、文字から、レーレは心からアイドルが好きなんだということを何度も思ったことがあります。

(だからこそブラジルが言うようにこの世界で辛いことも沢山あったんだろうなというのも頷ける)

レーレは心の底から生まれる好きや愛の感情をアイドル活動を通してありのまま私たちに見せて伝えてくれていました。 だからレーレちゃんは最高に輝いていたアイドルだったんだなって。 東京の最後の公演でもそのことに気づかせてくれました。

レーレ卒業東京編はどこよりも輝きながら世界で一番幸せな明日を思い描く夢のようなステージでした。

アトサキ

東京卒業公演から二日後。 レーレ参加のOZ Oneの最後のリリイベがありました。

この時のレイヴももうすぐで辞めちゃうのが嘘のようにレーレは笑顔で楽しそうに踊っていました。

特典会の時に今日も楽しそうだったのに本当に辞めちゃうんだねと正直に伝えたところ、

卒業してもアイドルは心の中に生き続けるし、それを自分も好きなアイドルから見て教わった。

ということを話してくれました。

アイドル好きなレーレらしい言葉だなと思い、レーレと一緒に心にずっと残り続ける言葉だと思います。

(自分が寂しくならないように元気になれる動画をお願いしたら「きりんはレーレのことが好きなので寂しくなります」と言っていたのも愛おしくて最高でした…)

もう3週間後まで会えないのが嘘みたい。 そして3週間経ったらもう会えなくなっちゃうのか…

いったいその時、自分はどんな気持ちになるんだろう。 今も実感が湧かなくて想像できない。

また鹿児島が終わったらこの続きを書こうと思います。